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環境園芸学科 国際交流(国際貢献)

南九州大学と農研機構等との共同研究成果がPNAS掲載

ハスモンヨトウのオスの発生を止める新規共生ウイルスを発見

 南九州大学環境園芸学部の新谷喜紀教授・菅野善明教授らと農研機構などの研究グループは、農業害虫であるガの1 種であるハスモンヨトウに共生し、オスの卵発生を止めることでこのガをメスのみにするウイルスを発見しました。本研究により、同様の宿主オスの発生を止めるという形質は系統的に遠く離れたウイルスに共通して見られることが明らかになり、それぞれのウイルスが独自に獲得した形質である可能性が示されました。将来的にはウイルスによる生殖操作を利用した害虫防除法への応用が期待されます。この研究内容は、「Male-killing virus in a noctuid moth Spodoptera litura」という題名の論文として、NatureやScienceとも並び称される総合科学学術雑誌である米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the Unites States of America :略してPNAS)に2023年11 月6 日付で公開されました。

掲載論文                                            

〔掲 載〕 参照Webサイト ▶ PNAS:https://doi.org/10.1073/pnas.2312124120

〔表 題〕 「Male-killing virus in a noctuid moth Spodoptera litura

〔著者名〕 長峯啓佑(南九州大学,農研機構・生物研),菅野善明(南九州大学),佐原健(岩手大学),藤本章晃(岩手大学),吉戸敦生(岩手大学),石川幸男(摂南大学),寺尾美里(南九州大学),陰山大輔(農研機構・生物研),新谷喜紀(南九州大学)

                                                

■メディア掲載情報

掲載日

メディア

記事

2023年11月06日

The New York Times

Male-Killing Virus Is Discovered in Insects

2023年11月25日

宮崎日日新聞

農業害虫「ハスモンヨトウ」 雄生まれないウイルス発見、世界3例目

掲載論文の概要

ハスモンヨトウのオスの発生を止める
新規共生ウイルスを発見
-多様な昆虫共生ウイルスが獲得したオス致死形質-

■ポイント■

南九州大学と農研機構などの研究グループは、農業害虫であるガの1種であるハスモンヨトウに共生し、オスの卵発生を止めることでこのガをメスのみにするウイルスを発見しました。

本研究により、同様の宿主オスの発生を止めるという形質は系統的に遠く離れたウイルスに共通して見られることが明らかになり、それぞれのウイルスが独自に獲得した形質である可能性が示されました。

将来的にはウイルスによる生殖操作を利用した害虫防除法への応用が期待されます。

 

 

■概要

昆虫には、多岐にわたる分類群のウイルスや細菌が共生しており、宿主オスの発生を止めて死に至らしめたり、性転換を引き起こすなどの様々な方法で生殖操作1)をしていることが知られています。南九州大学と農研機構の研究グループは、岩手大学、摂南大学と共同で、オスの発生を止めて宿主昆虫をメスのみにする形質(オス致死形質)を持つ昆虫共生ウイルス2)を、農業害虫であるハスモンヨトウというガの1種から発見し、Spodoptera litura male-killing virus (SlMKV)と名付けました。SlMKVは母から子へ垂直伝播3)するため、SlMKVを持つメスがSIMKVを持たないオスと交配することで、ハスモンヨトウの集団内で維持されていると考えられます。今回、SlMKVの全ゲノムの配列を明らかにし、その遺伝子配列を基に、これまでにオス致死形質を持つことが確認されているチャハマキ(ガ類)とショウジョウバエ(ハエ類)の共生ウイルスとの系統関係を比較したところ、SlMKVは他の致死ウイルスとは系統的に遠く離れたウイルスであることが明らかになりました。また、ゲノム解析の結果からは7つの遺伝子が見つかってきましたが、ショウジョウバエの共生ウイルスから特定されたオス致死の原因遺伝子と似た遺伝子は含まれていませんでした。このことから、SlMKVは他の共生ウイルスとは異なる経緯でオス致死形質を獲得したと考えられます。今回の研究結果は、より多様なウイルスがオス致死形質を引き起こす様々な手段(様々な遺伝子)を独自に獲得している可能性を示すもので、今後、他のウイルスからもオス致死形質が見つかることが予想されます。思いもよらぬウイルスが、実はオス致死形質を持っていた、という発見もあるかもしれません。また、ハスモンヨトウは主要な農業害虫であることから、今後、SlMKVによる昆虫の生殖操作やその仕組みを利用した害虫防除法の開発が期待されます。

 

■研究の背景

昆虫には様々な細菌が共生していますが、その中には、宿主のオスに対して死に至らしめる発生停止や性転換などの生殖操作を引き起こすことによって、宿主をメスのみにさせるものがいます。一方で、昆虫には共生細菌だけでなく共生ウイルスも多く存在しますが、共生ウイルスが生殖操作能力を持つかどうかは不明でした。近年になって、宿主オスの発生を止める形質(オス致死形質)を持つ共生ウイルスが、チャハマキ(ガ類)から初めて見つかり、続いてヤマカオジロショウジョウバエ(ハエ類)からもオス致死を引き起こす共生ウイルスが発見されました(https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/nias/157776.html)。これらのウイルスは、どちらも主に植物や菌類を宿主とするRNAウイルス4)を含むDurnavirales目5)と呼ばれる分類群に属していたことから、オス致死形質はDurnavirales目に特有の形質なのか、それとも多様なウイルスに共通する形質なのか、この形質のウイルス全般における普遍性は謎に包まれていました。

 

■研究の経緯

2015年の9月上旬に宮崎県都城市にある南九州大学都城キャンパスの敷地内にある1つの温室から45匹のハスモンヨトウ(ガ類)の幼虫を採集しました。これらが蛹となり、その後成虫へと羽化したタイミングで、飼育していた容器の中を見てみました。このガは、幼虫ではオスとメスの区別がほとんどつきませんが、成虫では翅の模様が異なっています(図1)。

驚いたことに、このとき飼育容器内に羽化していた成虫はメスばかりだったのです。この全メス現象に初めて気が付いた翌日に、昆虫類において性比異常などの生殖操作を引き起こす共生微生物を研究していた農研機構の研究者と話す機会があり、これをきっかけとして南九州大学と農研機構の研究グループは、ハスモンヨトウの全メス現象の原因を究明する研究を開始しました。

図1. ハスモンヨトウの成虫と蛹
成虫と蛹は形態の違いでオスとメスを見分けられます。一方、卵や幼虫の段階ではオスとメスの差が少なく、形態での識別が難しいです。

 

■研究の具体的内容

1.子がメスのみになるハスモンヨトウ系統を発見

南九州大学の温室で採集したすべてメスであった45匹のうち、この中のメス成虫1匹と野外から採集したオス成虫を交配させて得られた卵を回収し、蛹まで飼育して性を識別したところ、すべての個体がメスでした(図2左)。このことから全メス形質はメス親から子へ垂直伝播することが明らかになりました。さらにこのメス成虫に、通常系統(性比が1:1である系統)のオスを交配させ続けることで常にメスしか出現しない系統(全メス系統)を維持することが可能になりました。この全メス系統を用いて以下の研究を進めました。

図2. 全メス形質のメス親から子への垂直伝播と磨砕液を介した水平伝播
(左)全メス系統の成虫はメスのみなので、通常系統のオスを交配させて全メス系統を維持しました。
(右)全メス系統の磨砕液をフィルター滅菌して通常系統の幼虫に注射すると、通常系統でも次の世代に全メス形質が現れました。

 

2.ハスモンヨトウの全メス系統ではオスが卵で死亡

ハスモンヨトウの全メス系統において、どのようにして全メス形質が引き起こされるのかを調べるため、初めに全メス系統の孵化率を観察したところ、全メス系統の孵化率は通常系統の半分程度でした。次に、ガ類で用いられる分子生物学的な雌雄識別方法6)を用いて卵と幼虫の段階での性比を観察した結果、卵ではオスメスが1:1の割合で生存していましたが、孵化した幼虫はすべてメスであり、死亡した卵はオスであることが確認できました(図3)。このことから、卵期にオスのみが死亡することで全メス化が引き起こされることが明らかになりました。

図3. オスの発生停止による全メス化
全メス系統の卵は半数が死亡し、半数が孵化していました。死亡した卵と孵化した幼虫の性を分子生物学的に判別したところ、死亡した卵はほとんどオスで、孵化した幼虫はすべてメスであることがわかりました。よって、全メスという形質は、オスが卵で死ぬということによって現れていることがわかりました。

 

3.オス致死の原因が共生ウイルスSlMKVであることを特定

全メス系統のメス成虫をすりつぶした液(磨砕液)を、細菌を通さない大きさの穴を持つフィルターでろ過し、通常系統に注射したところ、全メス形質が伝播したことから(図2右)、全メス形質は細菌よりもさらに小さいウイルスによってもたらされる形質であると予想されました。そこで、次世代シーケンスを用いたRNA-seq解析7)により全メス系統のメス成虫と通常系統のメス成虫に含まれるRNAを比較したところ、全メス系統にのみに存在する5つのRNAが発見されました。これらのRNAは磨砕液を介して水平伝播3)し、通常系統の全メス化を引き起こすことが明らかになったため、これらがオス致死を引き起こすウイルスのRNAゲノムであると判断し、このウイルスをSpodoptera litura male-killing virus (SlMKV)と名付けました。

 

4.これまでに見つかっているオス致死ウイルスとは系統的に大きく異なるSlMKV

SlMKVのゲノム配列を解析した結果、RNAを鋳型としてRNAを合成する酵素であるRNA依存性RNAポリメラーゼ(RNA-dependent RNA polymerase, RdRp)を含む7つの遺伝子が見つかりました(図4)。RdRpはRNAウイルスが自身のゲノムRNAを増幅するために必要な遺伝子であることから、SlMKVはRNAウイルスであることが明らかになりました。また、これまでに見つかっているオス致死ウイルス2種はどちらもRNAウイルスであるため、これらとSlMKVの系統関係をRdRpの配列を基にして比較した結果、SlMKVは主に植物を宿主とするTolivirales目8)と呼ばれる分類群に近縁でした(図5)。これまでに報告されているオス致死ウイルスはどちらも、同じくRNAウイルスであるDurnavirales目に属しますが、SlMKVはそれとは系統的に遠く離れたウイルスであることがわかりました。

図4. SlMKVのゲノム構造
黒い直線はウイルスの設計図全体であるゲノム全体を示し、青い矢印はタンパク質の情報が記されている領域(遺伝子)を示しています。SlMKVのゲノムは5本のRNAから構成されており、7つの遺伝子を持つことがわかりました。

 

図5. RNAウイルスの系統樹
三角形はウイルスの分類群である「目」を示し、類似したウイルスが一つの三角形にまとめられています。枝(図中の太い黒い線)の距離が近いほど近縁であることを表しています。オス致死形質をもつことが確認されているのは、Durnavirales目(赤の三角形)に含まれる2種のウイルスとSlMKVです。SlMKVとDurnavirales目はそれぞれ離れた枝の先にあることから、系統的に離れた関係にあることがわかります。

 

5.それぞれのウイルス群が独自に獲得したオス致死形質

SlMKVと他のオス致死ウイルスは同じ遺伝子を使ってオス致死形質を引き起こしているのでしょうか?ヤマカオジロショウジョウバエのオス致死ウイルスでは既にオス致死の原因遺伝子が特定されていますが、これと類似する遺伝子は先に述べたSIMKVの7つの遺伝子に含まれていませんでした。このことから、オス致死の原因遺伝子はウイルスによって異なり、それぞれのウイルスがたどった異なる進化の過程で独自に獲得されたと考えられます。また、ハスモンヨトウの幼虫にSlMKVを接種すると、蛹の段階でオスだけが特異的に死亡し、成虫に達した個体はすべてメスであるという特徴もみつかりました。このような蛹でのオス致死は他のオス致死ウイルスでは観察されていないため、SlMKV固有の能力だと考えられます。

■今後の予定

今回、これまでに見つかったオス致死ウイルスとは系統的に遠く離れたウイルスからオス致死形質が発見されました。さらに、オス致死を引き起こす遺伝子はウイルスによって異なることもわかってきました。これらの知見は、多様なウイルスがそれぞれの進化の過程で独自にオス致死形質を獲得している可能性を示すもので、今後、他のウイルスからもオス致死形質が発見されることを予見させます。あるいは、既に知られている共生ウイルスが実はオス致死形質を持っていた、ということもあるかもしれません。また、オス致死形質だけでなく、オスのメス化、単為生殖化など、昆虫共生ウイルスには未解明の機能が潜んでいる可能性もあり、昆虫と共生ウイルスの新たな研究領域の展開が期待されます。

本研究により、SlMKVは7つの遺伝子を持つことが明らかとなりましたが、オス致死の原因となる遺伝子は未だ特定できていません。今後、SlMKVが持つオス致死の原因遺伝子を同定し、そのメカニズムを明らかにすることで、「どのようにして様々なウイルスがオス致死形質を獲得したのか?」「オス致死が共生ウイルスにどのようなメリットをもたらすのか?」といった疑問を解明し、オス致死現象の包括的理解を目指します。ハスモンヨトウは100種以上の作物を食害する重要農業害虫です。SlMKVの性質やオス致死のメカニズムの解明により、将来的には共生ウイルスやオス致死形質を利用した成長制御・個体群制御による新規防除法の開発などが期待されます。また、共生ウイルスは特定の種のみを宿主にすることから、特定の害虫種のみを標的とした、生態系にやさしい防除資材としても期待されます。

■用語解説

1.生殖操作:

昆虫に共生する様々な細菌は、宿主の生殖システムを巧妙に操作することにより、次世代への伝播をより確実にしていることが知られています。生殖操作の形質として、共生細菌を保有するオスと保有しないメスが交配すると子どもが卵の時期に死亡する「細胞質不和合」、オスのみで卵の発生が停止して死亡する「オス致死」、遺伝的なオス個体の表現型がメスに性転換する「メス化」、メスがオスと交尾せずメスを産むようになる「単為生殖化」などが知られています。その中でもオス致死については、餌の量が制限されるような環境でオス致死が起きた場合、残されたメスはより多くの餌を利用できることになり、メスの生存に有利に働くと考えられます。共生細菌はメス親からしか伝播できないため、オスが死んでも共生細菌にとってのデメリットはほとんどなく、伝播してくれるメスの生存率を高められるというメリットがあると予想されます。最近になって、昆虫に共生するウイルスからもオス致死形質が見つかり、大きな注目を集めました。

2.昆虫共生ウイルス:

共生とは複数の生物が同じ空間を共有して生活している状態を指し、昆虫には様々なウイルスが高い頻度で共生していることがわかってきました。共生ウイルスの宿主昆虫に対する作用が調べられた研究例は比較的少なく、本研究で発見されたSlMKVのオス致死形質は共生ウイルスの作用が明らかにされた稀少な例になります。

 

3.微生物の垂直伝播と水平伝播:

細菌やウイルスなどの微生物が宿主個体から他個体へ伝えられる方法として、宿主の個体から子へと世代から世代へ伝えられる垂直伝播と、宿主の個体とは家系の異なる個体へ伝播する水平伝播が知られています。

4.RNAウイルス:

ウイルスはDNAをゲノム核酸として持つDNAウイルスと、RNAをゲノム核酸として持つRNAウイルスに分けられます。さらにRNAウイルスは一本鎖プラス鎖RNAウイルス、一本鎖マイナス鎖RNAウイルス、二本鎖RNAウイルスに分類されます。

 

5.Durnavirales目:

RNAウイルスの分類群の一つで、パルティティウイルスなどの植物や菌類を宿主とするウイルスが多く属しています。Durnavirales目のウイルスは二本鎖RNAをゲノムに持ち、ゲノムRNAは2~4本のRNAに分かれ、それぞれのゲノムRNAに一つずつ遺伝子をコードしています。

 

6.ガ類の分子生物学的な雌雄識別方法:

本研究では、ガ類昆虫で有効な2つの分子生物学的な雌雄識別方法を用いました。1つは、性を決定する遺伝子のひとつdoublesex(dsx)に着目する方法です。dsxは遺伝子の長さが雌雄で異なることから、卵や幼虫が保有するdsxの長さを観察することで、雌雄を識別することができます。もう1つの方法は、細胞内の核に存在する染色体を染色し、蛍光顕微鏡でメスのみが持つW染色体の有無を確認して雌雄を識別する方法です(FISH法)。

 

7.RNA-seq解析:

次世代シーケンサーを用いてサンプル中に存在する多様なRNAの配列情報を読み取り、それぞれのRNAの量を数値化する網羅的な解析手法です。特定のRNAを解析する手法とは異なり、未知のRNAを探索・解析することもできるため、本研究ではオス致死ウイルスの探索に利用しました。

 

8.Tolivirales目:

RNAウイルスの分類群の一つで、トンブスウイルスなどの植物ウイルスが多く属しています。Tolivirales目のウイルスは一本鎖プラス鎖RNAをゲノムにもち、単一のゲノムRNA上に複数のウイルス遺伝子をコードしています。

 

■発表論文

Male-killing virus in a noctuid moth Spodoptera litura. Proceedings of the National Academy of Sciences of the Unites States of America (2023),

 

■関連情報

予算:ムーンショット型農林水産研究開発事業「先端的な物理手法と未利用の生物機能を駆使した害虫被害ゼロ農業の実現」(JPJ009237)、科研費(18K05680、 19K15855、 20J00562、 21K05625、 22K14903)